東京オリンピックは人工頭脳テレビで!(S39.8.1岩手日報)
昭和39年8月1日の岩手日報に掲載されたこの広告は、東京オリンピック開幕を目前に控えた当時の熱狂と、技術革新への強い憧れを鮮烈に伝えています。紙面を大きく飾るのは、松下電器が世に送り出したナショナル人工頭脳テレビの宣伝です。現在私たちが耳にする人工知能、すなわちAIという言葉とは趣が異なりますが、当時の人工頭脳という言葉には、機械が人間の手を煩わせることなく最適な状態を維持するという、未来への夢が凝縮されていました。
この人工頭脳、現代で言うところのAI機能が具体的にどのような役割を果たしていたのかを紐解くと、当時のテレビ視聴における苦労と、それを解決しようとした技術者たちの情熱が見えてきます。最大の特徴はメモリーチューニングと呼ばれる機能です。アナログ放送時代はチャンネルを切り替えるたびに画質の微調整が必要でしたが、このテレビは利用者が一度設定した理想的な画質を記憶し、どのチャンネルに変えても自動的にその鮮明さを再現しました。
また、当時の不安定な電力事情に対応するため、途中で電圧が変動しても画面の明るさや安定性を一定に保つ自動調整機能も備わっていました。さらに、放送局から遠い地域でも鮮明な映像を映し出すために、超高感度な真空管を採用して受信能力を極限まで高めていたのです。つまり、当時の人工頭脳や初期のAI的思想とは、いかなる環境下でも最高の映像を視聴者に提供し続けるための、高度な自動制御システムの総称でした。
価格に目を向けると、19形テレビの現金正価は5万9800円と記されています。当時の大卒初任給が2万円に満たない約1万9100円程度であったことを考えると、このテレビは月収の約3カ月分に相当する極めて高価な買い物でした。広告に12回の月賦定価が併記されていることからも、家計をやり繰りして手に入れるまさに一生ものの宝物であったことが伺えます。
広告の下部には、脚付きの豪華なコンソール型から、持ち運びを意識したポータブルタイプまで多様なモデルが並んでいます。岩手の人々もまた、この最新鋭の人工頭脳テレビを通じて、世界とつながるオリンピックの瞬間を心待ちにしていたに違いありません。この1枚の紙面は、単なる製品広告を超えて、AIの先駆けとも言える技術が家庭の風景を変えようとしていた時代の記録そのものと言えます。
