皆様の及新デパート展望ホールをご利用ください!(S42.1.11岩手東海新聞)
1967年1月11日
2026年1月12日
昭和42年1月11日の岩手日報に掲載された、釜石の百貨店「及新」の広告を眺めていると、当時の街の熱気が紙面から伝わってくるようです。新年会やクラス会の案内が躍るこの広告は、かつて釜石最大のデパートとして君臨した及新が、市民にとって単なる買い物の場以上の存在だったことを物語っています。和食から洋食、さらには折詰まで、予算に合わせて十名から百名まで対応するという文面からは、宴会や集いの場を一手に引き受けていた地域の社交場としての誇りを感じます。
イラストに描かれた近代的なビルディングの屋上には「展望ホール」があり、そこから眺める鉄の都の景色は当時の人々にとって特別なものだったに違いありません。また、目を引くのは左下に記された「電話(代表)五〇一番」という三桁の番号です。これは電話の自動化が完了する前、交換手を介して繋いでいた時代の名残であり、限られた番号で運用されていた当時のインフラ状況を今に伝える貴重な記録です。
昭和40年代、製鉄業の活況とともに歩んだ及新の姿は、まさに釜石の黄金時代を象徴する風景そのものです。この一枚の広告は、当時の賑わいを知る世代には懐かしく、知らない世代にはかつての地方都市が持っていた力強いエネルギーを教えてくれます。
