鉄道・軌道

釜石線・山田線のディーゼルカーは環状化で(昭和34年5月22日) d宮古・下閉伊郡

釜石線・山田線のディーゼルカーは環状化で(昭和34年5月22日)

昭和34年5月22日の岩手東海新聞より。 釜石選挙区から選出の石川県議(自民党)は、盛岡鉄道管理局を訪れ「ディーゼルカーを早期運行してほしい。遅くとも5月末から」と要請した。 盛鉄局によれば、「宮古市の利用債引き受けが可能であれば、釜石始発は花巻経由で盛岡へ、盛岡始発は山田線経由で釜石泊まりになるよ…
盛岡~釜石に運行予定のディーゼル準急車両が盛岡客貨車区に配属(昭和34年5月18日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡~釜石に運行予定のディーゼル準急車両が盛岡客貨車区に配属(昭和34年5月18日)

昭和34年5月19日の岩手東海新聞より。 この年の7月には、盛岡~花巻~釜石にディーゼル準急が運行開始する予定であったが、そのディーゼル車両のうち1両が盛岡客貨車区に配属されたという。 釜石線のディーゼル準急は、上野~日光の準急「日光」や、盛岡~福島の準急「やまびこ」と同じキハ55形3両が充てられる…
春の行楽シーズンに不定期急行「いわて」が運行します(昭和34年3月28日) i一関・西磐井郡

春の行楽シーズンに不定期急行「いわて」が運行します(昭和34年3月28日)

昭和34年3月28日の岩手報知より。 盛鉄局では、春の行楽シーズンである3月下旬~5月下旬に不定期急行の運転や客車の増結を行うという。 不定期急行「いわて」(上野~青森、常磐線経由)・・・・3/25~5/23まで運転。一ノ関への発着は下り青森行きが7:17着、7:26発。上り上野行きが11:22着、…
山田線のディーゼルカーは秋から運転予定(昭和34年3月25日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

山田線のディーゼルカーは秋から運転予定(昭和34年3月25日)

昭和34年3月26日の読売新聞岩手版より。 宮古から盛岡に出る山田線をSLが牽引する「カラス列車」からディーゼルカーに切りかえてくれと、宮古市長などは国鉄東北支社長に陳情に行っていた。 そして3月25日、昭和28年~昭和33年の間衆議院議員を務めた地元選出の中井英太郎氏(右社)が語る所では、 「ディ…
盛岡駅でヤミ米の手入れがあり担ぎ屋10人逮捕(昭和34年2月24日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

盛岡駅でヤミ米の手入れがあり担ぎ屋10人逮捕(昭和34年2月24日)

昭和34年2月25日の河北新報岩手版より。 盛岡警察署では、盛岡市内にヤミ米が相当流れ込んでいるとの情報を得た。 そこで2月24日、盛岡署員20名が盛岡着7:56、8:58の下り列車を急襲し一斉取り締まりを行った。 置き去り米を含めて押収した精米は757kg(61,000円相当)であったという。 そ…
3月から花輪線に「やまびこ」より新型のディーゼルカー(昭和34年2月7日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

3月から花輪線に「やまびこ」より新型のディーゼルカー(昭和34年2月7日)

昭和34年2月7日の河北新報より。 3月から花輪線に「上がトビ色、下が濃いアイ色で、緑のサテンのカーテンの付いた」ディーゼルカーがお目見えするという。 このことで、花輪線は朝夕の通勤帯を除き全部がディーゼルカーになるという。   この記事では、当時盛岡~福島を走っていたキハ55準急「やまび…
国鉄盛岡工場で新製材工場 a盛岡・岩手郡・紫波郡

国鉄盛岡工場で新製材工場

国鉄の盛岡工場は、これまで二枚橋派出所(現在の花巻空港駅)にあった製材関係の工場を、盛岡駅裏の本場に移し、一部作業をすでに始めているという。 これは経営の合理化によるもので、客車の床などに使用するのだという。 国鉄盛岡工場は敷地の狭さが悩みであり、それで作業場がタコ足で分散していたところ、盛岡市の協…
これがディーゼル準急に使われる「キハ55」だ!(昭和33年12月9日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

これがディーゼル準急に使われる「キハ55」だ!(昭和33年12月9日)

昭和33年12月9日の岩手日報より。 翌年から、盛岡〜福島に運行が予定されているディーゼル準急「くりこま」に使用されるキハ55というディーゼルカーが盛岡客貨車区に到着した。 クリーム色に赤い線というスマートな車体で、自動暖房装置が付いているという快適な車内である。     &nb…
「全国第二の町」江刺町の鉄道計画(昭和33年7月26日) h水沢・江刺・胆沢郡

「全国第二の町」江刺町の鉄道計画(昭和33年7月26日)

昭和33年7月26日の岩手民声新聞より。 昭和30年に岩谷堂町を中心に江刺郡の町村を大同合併した江刺町は、人口5万を超え「全国第2の町」となっていた。 しかし、悲しいかな鉄道だけが無いのだ。 それで、工場誘致や総合開発でどれだけ悲哀を味わわされてきたことか。 それで、昭和15年には岩谷堂町・伊手村・…
一関・開かずの五十人町踏切を移転へ(昭和33年7月4日) i一関・西磐井郡

一関・開かずの五十人町踏切を移転へ(昭和33年7月4日)

昭和33年7月4日の岩手報知より。 この当時、東北本線の複線化は着々と実現しており、昭和33年度のうちには前沢〜水沢の複線化が完成する予定であったと言う。 また、この区間は、盛鉄局で初めてと言われるコンクリート枕木を使用することになったのだが、このコンクリート枕木は、技術を要するものであるだけに工事…
水沢女子高の教諭が関東以北で初めてのオランダミミナグサを発見(昭和33年5月20日) h水沢・江刺・胆沢郡

水沢女子高の教諭が関東以北で初めてのオランダミミナグサを発見(昭和33年5月20日)

昭和33年5月20日の岩手日報より。 植物研究家でもある水沢女子高の教諭が、水沢警察署裏の北常盤踏切で「オランダミミナグサ」を発見したという。 このオランダミミナグサは、本来はヨーロッパにだけ生えている雑草であるところ、戦後は東京や横浜でも存在が確認されていた。 これは、戦後になってヨーロッパとの貿…
花巻電鉄に新車導入 f花巻・稗貫郡

花巻電鉄に新車導入

昭和33年4月26日の岩手日報では、「温泉郷結ぶ近代車」として、花巻電鉄に新車が導入されたことを報じている。 岩手日報(昭和33年4月26日)より 新たにお目見えしたのは、日本車両で製造されたのだという。 現在、花巻市材木町公園に保存されている「馬面電車」と違って、さほど幅の狭さは目立たない。 この…
三陸沿岸は絶好の潮干狩り日和(昭和32年4月2日) c久慈・九戸郡

三陸沿岸は絶好の潮干狩り日和(昭和32年4月2日)

昭和32年4月3日の岩手日報より。 4月2日は旧暦3月3日で桃の節句。 三陸沿岸は好天に恵まれ潮干狩り日和となり、盛鉄局は山田線や八戸線に臨時列車を出して潮干狩り客をさばいたという。 写真は大槌町の洲崎海岸で、5,000人の人出でにぎわったという。 釜石市の鵜住居海岸でも3,000にんの人出でにぎわ…
国鉄運賃の改定で手荷物運賃も変わります l全県

国鉄運賃の改定で手荷物運賃も変わります

昭和32年4月1日の岩手日報より。 国鉄運賃の値上げで手荷物運賃も変わることに。 ただ、5kgまでという新区分ができたことで、少量で近距離の輸送には便利になったとしている。 しかし、大口で遠距離の場合大幅な値上げになるという。…
花輪線の小豆沢駅は「八幡平駅」になります m県外・参考

花輪線の小豆沢駅は「八幡平駅」になります

昭和32年4月1日の岩手日報より。 秋田県鹿角郡は秋田県ではあるものの「陸中国」となる。 そのせいでか、岩手銀行や東北銀行の支店があったり、鹿角郡のニュースがこのように掲載されたりする。 その秋田県鹿角郡の宮川村と曙村は前年の昭和31年6月15日に合併し「八幡平村」となっていた。 そこで、花輪線の小…
貨車不足で北福岡駅から木炭が出荷できず(昭和32年1月10日) b二戸・二戸郡

貨車不足で北福岡駅から木炭が出荷できず(昭和32年1月10日)

昭和32年1月10日の河北新報岩手版より。 この当時、二戸の木炭は東京駅頭渡しで500円と言う高値を記録していた。 しかし、貨車不足のために1車も出せなかったと言う珍しいことになってしまった。 二戸地方では、年間200万俵の木炭を生産していたが、ほとんどは農業との掛け持ちなので、前年の家は1ヶ月ぐら…
海というものを初めて見た山の分校の子供「なんて広かんべぇ!」 d宮古・下閉伊郡

海というものを初めて見た山の分校の子供「なんて広かんべぇ!」

昭和31年7月11日読売新聞夕刊より。 下閉伊郡安家村の安家小学校坂本分校では7月2日に、宮古の浄土ヶ浜への修学旅行が行われた。 そもそも、安家村の坂本地区とはどのような場所であるか。 木炭や林業の村であったが、現金収入が非常に少ない部落であった。 「日本のチベット」と呼ばれる地域である。 最近、文…
釜石線でヤミ米55俵を押収(昭和31年2月7日) e釜石・遠野・上閉伊郡

釜石線でヤミ米55俵を押収(昭和31年2月7日)

釜石警察署は、陸中大橋駅で7:10に到着した下り321列車と、9:05に到着した311列車を急襲し、うるち米2,960kg、もち米400kgの系55俵分を押収し、2名を検挙。 当時の食糧管理法では、戦後を引きずって米価はまだ国が統制している頃で、それ以外の流通は認められなかった。 これが、この年以降…
和賀地方では近年にない豪雪でバスが走れず馬ソリ出動(昭和31年2月5日) g北上・和賀郡

和賀地方では近年にない豪雪でバスが走れず馬ソリ出動(昭和31年2月5日)

昭和31年2月7日の河北新報岩手版より。 それでなくとも湯田村や沢内村といった和賀郡西部は岩手県内で最も積雪のある地方であった。 ところがこの冬は、それに輪をかけた豪雪となり、湯田村川尻では5日現在で230cmと数十年ぶりの記録的な豪雪であったという。 これでは車は走れず、郵便配達人や警察官はスキー…
久慈や八戸の行商は新しいディーゼルカーに統制して乗りましょう(S31.2.2デーリー東北) c久慈・九戸郡

久慈や八戸の行商は新しいディーゼルカーに統制して乗りましょう(S31.2.2デーリー東北)

昭和31年3月から、八戸線には新しいディーゼルカーが導入されることとなった。 これは10系気動車であるが、称号規程改正以前なので「四五〇〇〇型」となっている。 それで、行商組合では「統制して乗車しましょう」と取り決めたのであった。…
横黒線にジョルダン式雪かき車が出動(昭和31年1月27日) g北上・和賀郡

横黒線にジョルダン式雪かき車が出動(昭和31年1月27日)

昭和31年1月29日の岩手日報より。 岩手県内でどこが最も雪が積もるかといえば、何といっても西和賀地方である。 その西和賀地方を走る北上線―――当時の呼び方であれば横黒線はこの年も除雪に苦労していた。 それで、横黒線にはラッセル車どころかより広幅のジョルダン式雪かき車が配属されていた。 この年は「例…
一ノ関駅に停車中の列車の中から嬰児の死体(昭和31年1月22日) i一関・西磐井郡

一ノ関駅に停車中の列車の中から嬰児の死体(昭和31年1月22日)

昭和31年1月25日のデーリー東北より。 1月22日、23時55分ごろ、東北本線の一ノ関駅に停車中の上り146列車の車掌室の椅子の下から、男の赤ちゃんの死体が発見されたのである。 恐ろしい話ではあるが、なぜ一関の話が八戸のデーリー東北で報じられたのか? それは、生の証言より、古間木〜三戸の間で持ち込…
八戸線にディーゼルカーを増強(昭和31年1月8日) c久慈・九戸郡

八戸線にディーゼルカーを増強(昭和31年1月8日)

昭和31年1月8日のデーリー東北より。 盛鉄局では、八戸線の旅客輸送が増えてきたので3月1日から新ディーゼルカーを増強する予定であると言う。 この時点で、ディーゼルカーは5両あったと言うが、それに新車を運転9両加えれば14両となる予定。 ディーゼルカーは、尻内から久慈の間を運転する予定であるが、尻内…
新米のシーズンは担ぎ屋のシーズン e釜石・遠野・上閉伊郡

新米のシーズンは担ぎ屋のシーズン

昭和30年11月20日の岩手日報より。 遠野地方の穀倉地帯では、新米のシーズンになると、釜石や大槌あたりから列車に乗って担ぎ屋が大挙して来るという。 農家としても、供米よりも現金化が早いので、1升95円程度の安値でも売るのだという。 さながら、釜石線の列車は「担ぎ屋列車」の様相を呈していたという。 …
山田線の捨て子(昭和30年11月17日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

山田線の捨て子(昭和30年11月17日)

昭和30年11月17日。 宮古発盛岡行きの411列車が区界駅に到着しようとした時のこと。 車掌が検札していると、小さい女の子が泣いている。 どうやら迷子になったらしい。 親の名前を聞いても、それどころか自分の名前すら言えないらしい。 これはいったいどうしたものか・・・ 盛岡に到着し、とりあえず中央児…
山田線の赤字はすでに3億円(昭和30年11月16日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

山田線の赤字はすでに3億円(昭和30年11月16日)

昭和30年11月16日の岩手日報より。 前年、やっとのことでアイオン台風の被害から復旧し全線開通はしたものの・・・ 岩手日報の表現をそのまま使えば、「あまりにもみじめであり、栄養失調寸前のうきめに会っているという情ない現状だ」とまで言われる状況であった。 盛鉄局管内には12の路線があったが、営業成績…