東磐井郡興田村で電灯引く引く詐欺(S8.2.1岩手日報)
1933年2月1日
2026年1月2日
昭和八年二月一日付の岩手日報を開くと、当時の岩手県における光と影が混ざり合った二つの事件が目に飛び込んできます。
まず右側の記事に綴られているのは、電灯のない村の希望を逆手に取った卑劣な詐欺事件です。犯人は宮城県牡鹿郡石巻町新田町に住む西城一郎という三十五歳の男でした。彼は岩手県東磐井郡興田村、現在の一関市大東町へ乗り込み、まだ電気が通っていなかったこの村に自家用の発電所を作ろうと持ちかけます。近代化への憧れを抱く村の有志たちは彼を信じ、数ヶ月にわたって食費や現金を工面し、その総額は七十円近くにのぼりました。しかし、次第に計画の杜撰さが露呈し村人から問い詰められると、男はあべこべに名誉毀損の告訴状を突きつけて恐喝するという、極めて図太い手口を見せています。文明の利器を餌に、純朴な農村の人々を欺いたこの事件は、当時の社会に大きな衝撃を与えたことでしょう。
そのすぐ隣の記事では、盛岡市内の夜に起きた一斉検挙の様子が報じられています。現場は盛岡市厨川片原。深夜、ある民家を賭場にして博打に興じていた十三人の男たちが、盛岡署の手によって現行犯逮捕されました。検挙された顔ぶれを見ると、米商や職人、商人など、地域を支える立場にある男たちが名を連ねています。彼らは没収された金銭や博打の道具とともに送局されており、記事にはその氏名が克明に刻まれています。
石巻から遠征し、村に「偽りの光」を語った詐欺師。そして、町の一角でひそかに博打にふけっていた男たち。昭和八年という、不況と時代の大きなうねりの中にあった岩手の世相が、この二つの事件を通じて生々しく浮かび上がってきます。それは百年近く前の出来事でありながら、人間の持つ欲や弱さという、いつの時代も変わることのない本質を私たちに突きつけているようです。