陸軍記念日を記念して盛岡市内で市街戦演習の予定(S10.3.9岩手日報)

 

 

【歴史の1ページ】昭和10年の盛岡、街中が「戦場」になった日

古い新聞記事(昭和10年3月9日付 岩手日報)を整理していて、驚きの内容を見つけました。

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なんと、翌日の「陸軍記念日」を祝して、盛岡の市街地そのものを舞台にした大規模な演習が行われるというのです。

街全体が演習場に!「市街戦演習」の衝撃

記事の見出しには「全市は戦ひの野」「不来方城を繞(めぐ)り 市街戦を展開」とあります。
現代の感覚では、平和な街中で実戦さながらの訓練が行われるのは想像しがたいことですが、当時は街全体が熱狂に包まれていたようです。

全市は戦ひの野に 不来方城を繞り 市街戦を展開

演習のハイライト

  • 不来方城(盛岡城址)の攻防: 城址を中心に、市内各所で激しい演習が計画されていました。
  • 橋の争奪戦: 北上川に架かる「夕顔瀬橋」「開運橋」「両橋」などが、戦略上の重要拠点として奪い合いの舞台となったようです。
  • 分列式と行進: 演習だけでなく、軍隊による市街行進も行われ、市民の目を楽しませる(?)イベントとしての側面もありました。

紙面から漏れ聞こえる「当時の日常」

同じ紙面には、軍事演習以外のニュースも並んでいます。

  • 釜石の大火: 損害額「六万九千二百圓」という生々しい数字。
  • 国際スキーホテルの募集: 当時のレジャー文化の萌芽が感じられます。
  • 広告: 「全快丸」という薬の広告など、デザインも時代を感じさせます。

まとめ:歴史としての「市街戦」

不来方城周辺を兵隊が駆け巡り、開運橋で攻防戦が行われる――。
今、私たちが何気なく歩いている盛岡の街並みが、かつて「戦場」に見立てられていた事実に、歴史の重みと時代の移り変わりを強く感じます。

こうした古い資料から、当時の熱気や緊張感を読み解くのは非常に興味深いですね。


出典: 昭和10年(1935年)3月9日 岩手日報

 


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