鮭は不漁で新巻鮭も月給の半分(S23.12.22新岩手日報)

【昭和レトロ・盛岡】1匹1,200円の衝撃。昭和23年、鮭から見る「戦後の師走風景」

師走の足音が聞こえると、岩手の人々が思い浮かべるのは「新巻鮭(あらまきざけ)」ではないでしょうか。しかし、今から70年以上前、鮭は今以上に「高嶺の花」だった時代がありました。

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今回ご紹介するのは、昭和23年(1948年)12月22日付の「新岩手日報」。そこには、戦後復興期の厳しさと、年末の活気が入り混じる切実な光景が記録されています。


■ 獲れないサケ、売れないサケ

紙面を飾るショッキングな見出しは、「獲れないサケ」「売れないサケ」という対比的な言葉です。

  • 【左の写真:気仙郡 盛川】
    川に網を入れ、懸命に鮭を追う漁師たちの姿。しかし、この年は「近年稀に見る不漁」とされ、例年の半分以下の漁獲量だったと記されています。
  • 【右の写真:盛岡市内の百貨店】
    ずらりと吊るされた立派な新巻鮭を前に、市民が足を止めるどころか、素通りしていく様子を伝えています。

■ 1匹の値段が、当時の給与の半分!?

記事の内容を紐解くと、当時の驚きの物価事情が見えてきます。

百貨店の店頭に並んだ新巻鮭は、1匹1,200円〜1,500円

昭和23年当時の公務員の初任給が3,000円弱(※地域差あり)だった時代です。1匹買うだけで、月の給与の約半分が吹き飛ぶ計算になります。これでは「睨んで素通り」という表現も決して大げさではありません。

記事の見出しにある「空ッ景気(からっけいき)」という言葉が、お歳暮文化を復活させようとする意気込みとは裏腹に、庶民の財布が追いつかない切ない現実を象徴しています。

◎ 歴史を振り返って

昭和23年といえば、終戦からわずか3年。インフレと食糧難が続く中、人々は精一杯の「正月準備」をしようとしていたことが、この記事の行間から伝わってきます。

盛川の寒空の下で網を引く漁師たちと、百貨店のショーケースを複雑な思いで見つめる盛岡市民。今の私たちが当たり前に鮭を味わえる日常は、こうした時代を乗り越えて繋いできたものなのですね。

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