二戸郡福岡町で強烈ヒステリーの母にブチ切れ殴り殺す(S28.10.20)
1953年10月20日
2025年8月30日
昭和28年10月15日ごろ、岩手県二戸郡福岡町長嶺に住む男(昭和8年4月22日生まれ、当時20歳)は、家庭環境から逃れるため保安隊への志願手続きを行った。男の家庭では、母親(明治40年1月10日生まれ、当時45歳)が非常に偏狭で自己中心的な性格であり、子どもたちを口汚く罵り、夫に対しても暴言を吐くなど、家族全員がその態度に悩まされていた。家族は日々母親の機嫌を気にしながら「腫れ物に触る」ように暮らしており、特に男はその影響で精神的に追い詰められていた。
同月19日正午ごろ、男は母親から保安隊志願に強硬に反対され、激しい叱責を受けた。その夜、母を殺害して家庭の混乱を終わらせるべきか悩んだが、この日は実行せずに就寝した。
翌昭和28年10月20日午前8時30分ごろ、再び母親から罵倒されたことで殺害を決意した男は、自宅西側の小屋から鋤を持ち出し、自宅十畳間で座っていた母親の背後から頭部を鋤の背で数回殴打した。これにより母親は頭蓋骨骨折および脳挫傷を負い、即死した。
事件は白昼、人家が密集する場所で発生したため、近隣住民が騒ぎ立て、所轄の二戸警察署の警察官が現場に急行。男はその場で殺人の現行犯として逮捕され、警察署に連行された。
その後、男は尊属殺人の容疑で送検され、昭和29年4月30日に盛岡地方裁判所で裁判が行われた。裁判では、犯行時に男が心神耗弱状態にあったことが認められ、懲役10年の判決が言い渡された。この判決には未決勾留日数100日が刑期に算入され、訴訟費用は全額男が負担することとなった。