急行「北上」の脱線転覆はトラックの橋桁の損傷によるもの(S32.5.18岩手日報)
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【昭和32年5月18日】急行「きたかみ」脱線転覆事故の真相と、ある花巻市民の生還

福島県内で発生したこの脱線転覆事故。時間が経つにつれ、単なる鉄道事故ではない「意外な真相」と、乗客一人ひとりが直面した生死のドラマが浮き彫りになってきました。
1. 真相は「橋ゲタのゆがみ」――防げなかった不運
事故が発生したのは、5月17日午後10時13分頃。福島県の大野駅〜長塚駅(現在の双葉駅)間の跨線橋付近でした。上野発青森行きの急行「きたかみ」が脱線し、牽引する蒸気機関車と客車4両が線路脇の田んぼに転落。機関士2名が殉職し、多数の負傷者を出す惨事となりました。
『橋ゲタが曲っていた きたかみ トラックの接触で』
翌18日の紙面が伝えたのは、驚くべき原因でした。事故のわずか数分前、材木を積んだ大型トラックがガードをくぐった際、橋ゲタに接触。その衝撃でレールが約10センチも歪んでしまったのです。時速80キロで走行していた列車は、この一瞬の「道路交通の不始末」によって、逃れようのない脱線へと導かれてしまいました。
2. 九死に一生――花巻の乗客、安堵の電報
この惨劇の渦中には、故郷・岩手を目指していた一人の男性がいました。花巻市在住の29歳の会社員。彼は5月14日に東京で行われた叔父の葬儀に参列し、その帰り道にこの列車に乗り合わせていたのです。
親族との別れを終え、夜汽車に揺られていた彼を襲った激しい衝撃。暗闇の中での恐怖体験は、まさに「九死に一生」という言葉がふさわしいものでした。
一方、地元・花巻で待つ家族の不安は計り知れないものでした。事故の一報を受け、居ても立ってもいられず福島県の現場へ向かおうと準備を進めていた家族。しかし18日、一通の電報が届きます。
「18ニチ カエル」
怪我を負いながらも、命を繋いで帰還するという短い知らせ。この一行に、家族がどれほどの安堵の涙を流したかは、想像に難くありません。
3. 紙面に混在する「日常」と「非日常」
当時の紙面を見渡すと、凄惨な事故記事の隣には、地域コミュニティの温かな話題も並んでいます。
- 「満倉部落の若妻会」:姑と嫁が仲良く語らう、のどかな村の風景。
- 「及川に優勝候補」:相撲夏場所の星取表と、郷土力士への期待。
大きな悲劇が起きる一方で、人々の変わらぬ営みもそこにはありました。昭和32年の岩手日報は、そうした光と影を同時に記録し、今に伝えています。
