凶作対策の東北六県知事会議(S9.10.4岩手日報)
1934年10月4日
2026年2月28日
Contents
昭和9年の衝撃:東北6県知事が帝国ホテルに集結した日
今回ご紹介するのは、昭和9年(1934年)10月4日付の岩手日報です。紙面には、郷土の危機を救うべく立ち上がった知事たちの、14時間に及ぶ死闘の記録が鮮明に記されています。
1. 「東北救済」を掲げた異例の会議

記事の大きな見出しには、力強い文字でこう書かれています。
「六県知事会議 政府所有米払下げ 救済土木事業施行」
昭和9年10月2日、東京・帝国ホテル。青森、岩手、宮城、秋田、山形、福島の東北6県知事が一堂に会しました。この年の東北は、記録的な冷害による大凶作に見舞われていました。農村では食べるものが底をつき、娘身売りや欠食児童が深刻な社会問題となっていた、まさに暗黒の時代です。
2. 14時間に及ぶ熱議の結果
知事たちは単に現状を嘆くだけではなく、政府から具体的な支援を引き出すために団結しました。14時間という異例の長時間の審議を経て、以下の決定を下しました。
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政府所有米の払下げ: 飢えに苦しむ農民のため、国が備蓄している米を安く放出させる。 - ●
救済土木事業の施行: 農村に仕事を作り、現金収入を得させるための公共事業を即座に開始する。 - ●
資金の融通と減税: 借金に苦しむ農家への金融支援や、税の減免を強く要望する。
3. 歴史を動かした知事たちの顔ぶれ
掲載されている写真には、モーニング姿で厳しい表情を浮かべる知事たちの姿があります。
岩手県からは、当時の石黒英彦知事が出席。そして宮城県からは、後に内務次官なども務める実力派、半井清(なからい きよし)知事らが顔を揃えています。当時、東北各県は深刻な財政難にありましたが、「東北は一つ」として結束し、中央政府に対して強力な交渉を行ったのです。
まとめ:過去の苦難を知り、今を見つめる
この古びた新聞記事は、当時の東北の人々がいかに過酷な状況にあり、そしてリーダーたちがどのようにその難局に立ち向かおうとしたかを今に伝えています。私たちが今、当たり前にお米を食べ、平穏に暮らせている背景には、こうした先人たちの必死の闘いがあったことを忘れてはならないと感じさせられます。
