盛岡市本宮で早場米(S20.10.30新岩手日報)
1945年10月31日
2026年3月2日
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【時をかける盛岡】イオンモール盛岡南の場所は、かつて「希望の米」を運ぶ拠点だった
今や盛南開発の中心地として、ショッピングや映画で賑わうこの場所。しかし、今から約80年前のこの地には、今とは全く違う、しかし同じくらい切実な「活気」がありました。
昭和20年10月31日。「早場米が出たぞ!」

終戦からわずか2ヶ月。日本中が深刻な食糧難に喘いでいた時代、当時の「新岩手日報(現在の岩手日報)」には、こんな心躍る見出しが躍っていました。
「早場米が出たぞ ―本宮から三五〇俵―」
写真には、山のように米俵を積んだ荷台と、それを取り囲む人々の姿が写っています。本宮地区で収穫されたばかりの新米が、飢えに苦しむ市民のもとへ届けられる歴史的な瞬間です。
かつての穀倉地帯、現在の盛南開発
この記事にある「本宮」こそが、現在のイオンモール盛岡南周辺です。かつてこの一帯は、盛岡市民の胃袋を支える広大な水田地帯でした。
- 🌾 命を繋いだ早場米: 寒さに強い「早場米」の出荷は、冬を前にした市民にとって最高のニュースでした。
- 🚜 荷台に集まる希望: 写真に写る人々の表情(粗い印刷越しでも伝わる熱気!)は、まさに生きる喜びそのものです。
- 🏙️ 変化した風景: 泥んこの道と田んぼだった場所が、今はアスファルトの道路と近代的な商業施設に。
足元に眠る「土地の記憶」
次にイオンモール盛岡南で買い物をする時、ふと足元を意識してみてください。私たちが今、当たり前にお腹いっぱい食べられる幸せ。その原点は、80年前にこの場所で米俵を積み上げていた先人たちの努力にあるのかもしれません。
歴史を知ると、いつもの風景が少しだけ違って見えてきませんか?
