盛岡・川徳デパートでテイジンフェア(S42.11.11岩手東海新聞)
昭和42年11月11日の岩手東海新聞には、盛岡市の老舗百貨店・川徳(かわとく)による広告が掲載されている。掲載面はファッションを中心とした広告で、川徳が当時展開していた「テイジン・レーサーハウザー」フェアを大きく打ち出していた。
この広告では、盛岡から離れた釜石の新聞にまで大きく紙面を取り、帝人(テイジン)のスキーウェアを「パリ発の最新モード」として紹介している。細身でフィット感のあるシルエット、ナイロン素材のしなやかさと伸縮性、そして都会的な色彩とスタイル。まさに1960年代後半の「流行に敏感な中流層や若者」をターゲットにした商品展開である。
紹介されているのは、レーサーパーカー(6,700円〜)、婦人スーツ(9,800円)、婦人パンツ(6,500円)、アクアスキー用一式(5,000円)など。昭和42年当時の大卒初任給が2万5千円前後だったことを考えると、スキーウェア一式は1ヶ月分の給料に近い価格であり、やや高級なレジャー用品といえた。スキーそのものはこの頃すでに中流層にも広まりつつあったが、こうしたウェアは都市的なファッション感覚を持つ層に向けた「背伸びした買い物」でもあった。
広告右側には、健康肌着のフェアやレブロン化粧品の紹介に加えて、「明治天皇御肖像牌(記念メダル)」の予約販売も記されている。これは、翌昭和43年が明治元年(1868年)からちょうど100年にあたる「明治百年」の節目であり、全国的な記念事業が始まりつつあった時期のものである。銅像や記念碑の建立、記念切手の発行などと並んで、こうした記念メダルも民間百貨店を通じて一般市民に広く販売された。
釜石から盛岡までは当時でも気軽に行ける距離ではなかったが、川徳としては沿岸部の購買層、とくに都市志向の若い女性や富裕層をターゲットに、盛岡での最新のファッションやトレンドを伝えるために積極的に広告を打っていたと考えられる。昭和40年代の生活感覚やレジャー文化、そして国家的記念事業の空気までが伝わってくる、貴重な一枚の広告である。

