a盛岡・岩手郡・紫波郡 20 3月 1964 松尾鉱山の新しい住居表示(昭和39年3月20日) 岩手郡松尾村でも昭和39年4月1日から「住居表示に関する法律」(昭和37年5月10日法律第119号)に基づいた住居表示を行うようになるということで、村の広報まつお昭和39年3月20日号で広く周知することに。 この広報自体は「松尾鉱山資料館」で売っていたような気がする。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 5 2月 1964 釜石の人口が減って8万人台になります!(昭和39年2月5日) 昭和39年2月5日の岩手東海新聞より。 東海製鉄への転出の影響で、釜石市の人口が8万人台に減るという。 それは大ニュースであった。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 13 1月 1964 そのうち花巻空港も開港するから釜石に行く県道も舗装して(昭和39年1月13日) 昭和39年1月14日の岩手東海新聞より。 4月の花巻空港の階高を控え、花巻と釜石を結ぶ主要県道も舗装してほしいと議員に要請した。 当時は、舗装した道自体が珍しかったのだ。 … 続きを読む
hスポーツ 9 12月 1963 一関市民の反対の中、青葉町に市民プール着工を強行(S38.12.9岩手報知) 磐井川に面した一関市青葉町に市民プールを着工すると言うので、市民も市議会の文教委員会も大反対。 しかし着工してしまったという。… 続きを読む
i一関・西磐井郡 28 11月 1963 地方の新聞社にとって選挙ポスターは貴重な稼ぎ時だった(昭和38年11月28日) 昭和38年11月28日の岩手報知より。 この時期、一関市議会選挙が近づいていた。 選挙となれば、選挙ポスターが必要である。 そこで、地場の新聞社は選挙ポスターの印刷の仕事も引き受けるようであった。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 26 11月 1963 一関小学校で衆議院選挙の立会演説会を行います(昭和38年11月16日) 昭和38年11月15日の岩手報知より。 11月21日に予定されている衆議院選挙に際し、立ち会い演説会を一関小学校で11月16日に行うと言うことであった。 立候補者は、自民党・社会党・共産党から1人ずつ。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 15 11月 1963 一関商工会議所の議員選挙は6名辞退して無競争に(昭和38年11月15日) 昭和38年11月15日の岩手報知より。 一関商工会議所の議員選挙は、6名が辞退して無競争となった。 この6名の辞退まで、どんなことがあったか容易に想像できるあたりが、いかにも日本の田舎の社会である。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 15 11月 1963 選挙に出ると自己負担が大変(昭和38年11月15日) 昭和38年11月15日の岩手報知より。 一関市議会議員の選挙を変えようとしていても、気になる公的な補助は大した額ではなく、多くの候補が500,000円から700,000円の持ち出しが噂されていた。 貧乏では、選挙にも出られないわけである。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 15 11月 1963 選挙続きで一関の料飲店は閑古鳥(昭和38年11月15日) 昭和38年11月15日の岩手報知より。 一関市内では、選挙が続いており、忘年会シーズンであるにもかかわらず、予約はほとんど皆無に等しいと言う状況であった。 多くの選挙違反は、飲食店の中で行われると言うことで、痛くもない腹を探られるたいと言うことだったのだろう。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 11 9月 1963 興産相互銀行釜石支店で日銀歳入代理店業務開始!(昭和38年9月11日) 昭和38年9月11日の岩手東海新聞より。 興産相互銀行釜石支店では、日本銀行の歳入代理店業務を開始するという。 このことで、各種税金の納入が窓口でできるようになる。 ちなみに、興産相互銀行とは北日本銀行のこと。… 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 10 9月 1963 山田派出所に新しい交通標識の教材(昭和38年9月10日) 昭和38年9月10日の岩手東海新聞より。 山田町の宮古警察署山田派出所には、新しい交通標識の見本用教材が届いた。 これで、町民に交通標識を知ってもらおうと言うものである。 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 10 9月 1963 県道127号?米里-小友線の改修を県に陳情(昭和38年9月10日) 昭和38年9月12日の岩手民声新聞より。 江刺市米里と遠野市小友を結ぶ県道127号米里-小友線は、岩手県南と沿岸を結ぶ重要な道路であった。 そこで、水沢・江刺・遠野・釜石の4市長の署名を持って、江刺市役所の関係者が盛岡に出て県庁に改修のための陳情書を手渡したのである。 ただし、どのように改修の必要な… 続きを読む
i一関・西磐井郡 10 9月 1963 一関に「1日自治省」を(昭和38年9月10日) 昭和38年9月10日の岩手報知より。 この時、代議士である志賀健次郎が一関に帰省していた。 これを機に、一関志賀会では、一関に「1日自治省」の開設を計画していた。 これは、一関に早川自治大臣を招いて「1日自治省」を開き、ものによっては早川自治大臣の決裁をその場でとって、即決の行政を成功させようと言う… 続きを読む
i一関・西磐井郡 9 9月 1963 代議士は挨拶が大切(昭和38年9月9日) 昭和38年9月9日の岩手報知より。 広告欄には、地元選出の代議士・志賀健次郎が挨拶広告を出している。 第2次池田内閣では防衛庁長官を務めていた。 7月18日、池田内閣の内閣改造で防衛庁長官を退任し、その挨拶として9月から10月まで、一関市内にいることにしたのだという。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 7 9月 1963 一関市では乳幼児の国保10割給付で乳幼児の死亡減少(昭和38年9月7日) 昭和38年9月7日の岩手報知より。 一関市では国民健康保険の新しい措置として、4月1日から生まれて6ヶ月以内の乳幼児の保険を全額負担とすることにした。 それから6ヶ月が経とうとしているが、乳幼児の死亡率が見事に減少しているという。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 4 9月 1963 一関市内の銭湯が入浴料を18円→24円に値上げさせてほしいと要望(昭和38年9月4日) 昭和38年9月4日の岩手報知より。 一関市内の銭湯は、燃料費や人件費の高騰から入浴料を大人18円から24円に値上げさせてほしいと一関市に要望した。 それまでは、大人18円、中人14円、小人7円、洗髪10円であったが、経営が成り立たないので大人24円程度に値上げしてほしいというものであった。 値上げ問… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 7月 1963 釜石の市議会選挙を前に(S38.7.1岩手東海新聞) 昭和38年7月1日発行の岩手東海新聞を紐解くと、そこには高度経済成長期の熱気に沸く釜石の生々しい人間模様が記録されています。この記事の主役は、当時の釜石の心臓部とも言える只越から港町にかけての界隈です。紙面を覆うのは市議選を目前に控えた異様な緊張感であり、記者はそれを争奪戦や戦いという言葉で表現して… 続きを読む
l全県 3 4月 1963 岩手県知事選は全国に先駆けて記号式投票で(昭和38年4月3日) 昭和38年4月3日の岩手日報より。 4月17日に予定されていた岩手県知事選挙は立候補の届け出が4月2日の午後5時で締め切られることとなり、候補者は2人となった。 この選挙は、希望色の投票で行われることになり、全国の知事選挙でははじめてのケースとなった。 これが成功すれば、将来的には国会議員選挙でも希… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 30 3月 1963 普代村から盛岡にヘリコプターで救急搬送(S38.3.30岩手日報) 普代村で、がけ崩れに巻き込まれた中学生が自衛隊のヘリコプターで盛岡に緊急搬送され、手術が成功したというニュース。… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 29 3月 1963 渋滞が激しくなったので盛岡市内に「交通信号機」を設置します! 昭和38年3月29日の岩手日報より。 盛岡市内はとみに交通渋滞が激しくなってきた。 1日に開運橋付近では12,000台、中の橋付近では11,000台と、昭和33年の約2倍という状況であった。 盛岡警察署管内の自動車登録台数は約20,000台で昭和30年の5.3倍。 交通事故は592件と昭和30年の4… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 1 11月 1962 新しい盛岡市役所の新庁舎では民生部の窓口で全て用がたせますよ!(昭和37年11月1日) 昭和37年11月1日の河北新報より。 「盛岡新庁舎拝見」というシリーズものの記事の第6回目。 民生部の窓口は、市民本位に立って全て用がたせるようにしたのだという。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 4 10月 1962 釜石駅前で防犯展示会(S37.10.4岩手東海新聞) 昭和37年10月、釜石駅前では「防犯展示会」が開かれていた。 当時の新聞によると、会場には警察署や防犯協会などが協力して作成したパネルが並び、通行人が足を止めて見入っていたという。 Screenshot 昭和20年代の防犯展示といえば、実際の事件現場写真などが並び、かなり刺激の強い内容だったそうだ。… 続きを読む
i一関・西磐井郡 5 9月 1962 平泉町で一関市との合併について大衆討論会(昭和37年9月5日) 昭和37年9月5日の岩手報知より。 平泉町商工振興会では、9月10日から15日の間に、一関市と平泉町合併問題に関して大衆討論会を開く準備を進めていると言う。 … 続きを読む
i一関・西磐井郡 3 9月 1962 須川温泉道路の愛称募集(昭和37年9月5日) 昭和37年9月5日の岩手報知より。 この10月に、秘境・須川温泉に太平洋側と日本海側からアクセスする須川道路が開業しようとしていた。 これに際し、一関市ではこの須川道路の愛称を募集することにした。 後援は一関商工会議所・岩手県南バスなど。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 3 7月 1962 自民党釜石支部に選挙違反で手入れ(S37.7.3岩手東海新聞) 選挙戦が終わり、自民党釜石支部に警察の手入れがあった。 この当時は、自民党相手でも警察が平気で手入れをしたのだ。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 7月 1962 参議院選挙の投票は釜石では好調(昭和37年7月1日) 昭和37年7月2日の岩手東海新聞より。 第6回参議院選挙は7月1日に行われたのは、釜石では晴天に恵まれ、どこの投票所でも出足が好調であったと言う。 岩手県選挙区で当選したのは、渡辺寛吉(社会党)であった。 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 7 4月 1962 昭和36年度の水沢建設事務所管内の農地改良事業は3.6億円(S37.4.7胆江日日新聞) 昭和37年4月7日付の胆江日日新聞は、建設省水沢建設事務所が昭和36年度の土地改良事業を取りまとめたことを報じている。記事の見出しが強調する通り、この年度は事業費・内容ともに、近年まれに見る規模であった。 Screenshot その背景にあったのが、戦後農地改革の結果として生じた農地の細分化である。… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 5 2月 1962 県立江刺病院にガストロカメラとレントゲン導入(昭和37年2月5日) 昭和37年2月5日の岩手民声新聞より。 前年来、本館建設など江刺唯一の総合病院として施設の充実を進めている県立江刺病院に、最新式のレントゲン撮影機1台と、胃を調べるガストロカメラ2台が導入されることになった。 レントゲンは島津製作所製で、購入額も2,800,000円と、旧式の2倍以上するものである。… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 12 1月 1962 江刺で社会党議員「自民党は徒党政治だ!農家は集団化すべきだ!」(昭和37年1月12日) 昭和37年1月12日の岩手民声新聞より。 江刺市で社会党の北山愛郎議員、千田正議員を読んで講演会をしたという。 ただ「農家は共同化が必要」「資本主義から社会主義へ」と、令和の現代では考えられないような発言。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 6 1月 1962 「南部火消し」の伝統誇る盛岡市消防団の出初め式 昭和37年1月7日の岩手日報より。 内丸の岩手県公会堂前で盛岡市消防団の出初式が行われた。 盛岡市消防団は「南部火消し」として200年の伝統(この記事の時点で)があるのだという。 この写真のアングルは、岩手県公会堂をバックに見たものだろうか。 この頃はずいぶんと建物が密集しているイメージがある。 現… 続きを読む