i一関・西磐井郡 3 9月 1962 須川温泉道路の愛称募集(昭和37年9月5日) 昭和37年9月5日の岩手報知より。 この10月に、秘境・須川温泉に太平洋側と日本海側からアクセスする須川道路が開業しようとしていた。 これに際し、一関市ではこの須川道路の愛称を募集することにした。 後援は一関商工会議所・岩手県南バスなど。 … 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 3 7月 1962 自民党釜石支部に選挙違反で手入れ(S37.7.3岩手東海新聞) 選挙戦が終わり、自民党釜石支部に警察の手入れがあった。 この当時は、自民党相手でも警察が平気で手入れをしたのだ。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 7月 1962 参議院選挙の投票は釜石では好調(昭和37年7月1日) 昭和37年7月2日の岩手東海新聞より。 第6回参議院選挙は7月1日に行われたのは、釜石では晴天に恵まれ、どこの投票所でも出足が好調であったと言う。 岩手県選挙区で当選したのは、渡辺寛吉(社会党)であった。 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 5 2月 1962 県立江刺病院にガストロカメラとレントゲン導入(昭和37年2月5日) 昭和37年2月5日の岩手民声新聞より。 前年来、本館建設など江刺唯一の総合病院として施設の充実を進めている県立江刺病院に、最新式のレントゲン撮影機1台と、胃を調べるガストロカメラ2台が導入されることになった。 レントゲンは島津製作所製で、購入額も2,800,000円と、旧式の2倍以上するものである。… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 12 1月 1962 江刺で社会党議員「自民党は徒党政治だ!農家は集団化すべきだ!」(昭和37年1月12日) 昭和37年1月12日の岩手民声新聞より。 江刺市で社会党の北山愛郎議員、千田正議員を読んで講演会をしたという。 ただ「農家は共同化が必要」「資本主義から社会主義へ」と、令和の現代では考えられないような発言。 … 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 6 1月 1962 「南部火消し」の伝統誇る盛岡市消防団の出初め式 昭和37年1月7日の岩手日報より。 内丸の岩手県公会堂前で盛岡市消防団の出初式が行われた。 盛岡市消防団は「南部火消し」として200年の伝統(この記事の時点で)があるのだという。 この写真のアングルは、岩手県公会堂をバックに見たものだろうか。 この頃はずいぶんと建物が密集しているイメージがある。 現… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 5 1月 1962 遠野消防団の出初式 昭和37年1月6日の岩手日報より。 1月5日、遠野市消防団の出初式が行われ、913人の団員が参加した。 遠野中学校のブラスバンドを先頭に分列行進し、遠野小学校で団長が「市民の尊い生命や財産を守るため、今年もたゆまぬ努力を望みたい」と年頭のあいさつを述べた。 … 続きを読む
l全県 1 1月 1962 新産業都市の指定に向けてスタートの1年(昭和37年1月1日) 昭和37年1月1日の岩手日報より。 この年は、「新産業都市」えの指定に向けて、動き出そうとしていた。 … 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 19 12月 1961 江刺市にも市営バス計画があった(昭和36年12月19日) 昭和36年12月20日の胆江日日新聞より。 12月19日に行われた江刺市議会では、市営バス計画に関して質問が出たようである。 市長はこれに対し「江刺市にとってバスは唯一の交通機関。そのバスが争議行為などで運行が中止されることの無いよう、全国の市営バスについて調査したい」と回答した。 &… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 7 12月 1961 水沢の神社の屋根裏からピストルと銃弾を発見(昭和36年12月7日) 昭和36年12月11日の胆江日日新聞より。 12月7日、水沢市黒石町の岩手堰神社で屋根を修理していると、天井裏からピストル3丁と銃弾192発が発見された。 すぐに、水沢警察署に届けられれたが、これは14年式拳銃2丁とブローニング拳銃1丁であった。 神主も持ち主は全然知らないと言う。 おそらくは、終戦… 続きを読む
c久慈・九戸郡 6 12月 1961 学力テスト拒否で岩手県教組九戸支部の役員数名が逮捕され抗議集会(昭和36年12月6日) 昭和36年12月7日のデーリー東北より。 この時期、岩手県教員組合(岩教組)では学力テストを拒否闘争、いわゆる「学テ闘争」を展開していた。 これを、地方公務員法違反として捜査していた岩手県警本部は、12月6日の午前7時に、宮古警察署などを動員して、学テを拒否した宮古支部長や九戸支部長など12名を逮捕… 続きを読む
c久慈・九戸郡 6 12月 1961 種市町では近く中学校が統合するが…(昭和36年12月6日) 昭和36年12月6日のデーリー東北より。 種市町内の種市中学校、角ノ浜中学校、平内中学校を統合する話は、昭和32年から持ち上がっていた。 しかし、角の浜、平内の角学では、経済的負担が重くなるので反対しており実現できなかった。 ところが、その頃入学生等が増加し、学校修繕費がかかり、収容が困難でどうして… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 24 11月 1961 金ヶ崎町長と江刺市長が金ヶ崎駅の貨物廃止反対の陳情(昭和36年11月24日) 昭和36年11月27日の胆江日日新聞より。 東北本線の金ヶ崎駅は貨物の取り扱いを廃止する予定であるという。 これに対し、江刺市長と金ヶ崎町長は廃止反対の陳情を盛鉄局に対して行うという。 しかし、盛鉄局としては貨物集約の方針は全国的なものであり、計画の変更は困難であるという。 駅前の稲瀬農協(江刺市)… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 23 11月 1961 地主「水沢競馬を廃止してほしい。もう充分儲けたろう?」(昭和36年11月23日) 昭和36年11月23日の胆江日日新聞より。 水沢競馬上の土地所有者達で結成する土地擁護組合は、競馬場の走路の変換と、耕地への地目変換措置を要望していた。 水沢市は赤字再建団体(記事原文ママ)であったところ、黒字が近くなり競馬に頼らなくても財政が健全化するだろうというはらからだった。 しかし水沢市にし… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 21 11月 1961 前沢高校が廃校の噂!?(昭和36年11月21日) 昭和36年11月23日の胆江日日新聞より。 この時期、岩手県内では「学力テスト問題」で揺れていた。 その「学テ問題に関する公聴会」を11月19日に水沢商業高校で開いていたときのこと。 岩教組の書記長が盛岡から来て「求人難にあえぐ商業界のために、高校は優秀な人しか行かせないことにしたようだ。それで県内… 続きを読む
h水沢・江刺・胆沢郡 15 11月 1961 水沢市長「東北自動車道ができたら水沢~東京は3時間か4時間で行けるだろう」(昭和36年11月15日) 昭和36年11月16日の胆江日日新聞より。 水沢市長はこの時、東京・京都方面に出張中であったが、11月15日に帰庁した。 そして記者に語る所では「東京の東北自動車道促進大会では、現在の予定である昭和39年度調査終了、昭和40年度着手という計画を昭和38年度から実施着工できるように促進方策を出し関係方… 続きを読む
a盛岡・岩手郡・紫波郡 25 7月 1961 釜石市の財政は釜石製鉄所しだい(昭和36年7月25日) 昭和36年7月25日の岩手東海新聞より。 釜石市の予算当局は、地方交付税の査定のため盛岡の県庁に出ていた。 地方交付税は、合併(S30.4.1甲子村、鵜住居村、栗橋村、唐丹村)による特例期間が切れて不交付団体になるが、全国市議会議長会や全国市長会の折衝で激変緩和措置が取られることとなった。 それ以上… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 22 7月 1961 釜石鉱山~製鉄所の社線を早く撤去してください・・・(昭和36年7月22日) 昭和36年7月24日の岩手東海新聞より。 花巻~釜石の国鉄釜石線が全通してすでに10年以上が経過していたが、陸中大橋の釜石鉱山から釜石製鉄所への鉄鉱石輸送は、相変わらず道路上に敷設していた「社線」で行っていた。 並行しており線路の幅も広い国鉄で運べばいいものを、わざわざ社線のままにしていた理由は「製… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 29 4月 1961 「通学路のない学校」釜石・八雲小学校で(昭和36年4月29日) 昭和36年4月29日の岩手東海新聞より。 釜石の八雲小学校は「通学路のない学校」と言われていた。 雨が降ると学校の裏の下水があふれだし、学校の前に汚水があふれるという非常に不衛生な状態となっていた。 そこで、八雲小学校の父兄が通学路となる道に土俵を並べて通学路とすることにした。 釜石市でも中妻地区の… 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 26 4月 1961 宮古で消防団のポンプ車が出動したが、酔っ払い運転で横転し5人負傷(昭和36年4月26日) 昭和36年4月26日の岩手東海新聞より。 この4月26日に日付が変わった0:50頃のこと。 宮古の鍬ケ崎で火事が発生した。 そこで、消防団のポンプ車が出動することになったが、なにしろ深夜なので消防団員は既に晩酌で酔って寝ている。 心地よい眠りを起こされて出動させられたのだ。 酔っ払い運転にはなるが、… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 3月 1961 釜石のタクシーの不審な女客(昭和36年3月1日) 昭和36年3月2日の岩手東海新聞より。 3月1日の夜、釜石市大町のバー「白樺」から女給を乗せた西円タクシーは、指示されるままに大平の出光興産油送桟橋のところまで車を走らせた。 天神町に住んでいる24歳のその女給は降りる際、「さようなら」「同僚に私の写真を実家に送ってくれるように頼んでください」などと… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 12 1月 1961 釜石市営火葬場で待合室難(昭和36年1月12日) 昭和36年1月12日の岩手東海新聞より。 釜石市大只越にある釜石市火葬場では、火葬の際の会葬者が多くなっており、3件、4件と火葬があった場合、待合室が非常に混雑している。 この時代を重く見た釜石市衛生課では、会葬者をある程度限定してもらうことを市民に呼びかける一方で、待合室を区切る計画を進めている。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 7 1月 1961 鉄の町・釜石の空気中の塵を電流で調査する新兵器(昭和36年1月7日) 昭和36年1月7日の岩手東海新聞より。 鉄の都・釜石市では、交流式電気集塵機を購入した。 この集塵機によって、浮遊煤塵の調査を行うのだと言う。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 6 1月 1961 昭和園グランドで釜石の消防出初式(昭和36年1月6日) 昭和36年1月6日の岩手東海新聞より。 釜石市の消防勤め式は、釜石消防署、釜石消防団の自動車23台、団員490名が参加して釜石市中島の昭和園グランドで行われた。 五葉おろしが吹き、まだ雪が残っている昭和園グランドに、ラッパの合図と共に集合し、4列横隊に整列した。 そして、人員報告の後消防統監が、「こ… 続きを読む
事件・犯罪・司法 12 10月 1960 【参考】社会党浅沼稲次郎委員長刺殺事件(昭和35年10月12日) 日比谷公会堂で右翼少年に刺される。 https://youtu.be/J1nntK2HnfU… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 21 9月 1960 釜石市長が訪欧に旅立つ(S35.9.21岩手東海新聞) イスラエルのテルアビブで開催されるという国際市長会議に、日本の市長代表で釜石市の鈴木東民市長が行くことになったという。 それで釜石駅で盛大にお見送り。 ディーゼルカーは準急色のキハ55だろうか。 … 続きを読む
d宮古・下閉伊郡 8 9月 1960 宮古市役所前の道路がコンクリート舗装(S35.9.8岩手東海新聞) 宮古一の「悪路」と言われていた宮古市役所〜岩手銀行宮古支店の前の道路がコンクリート舗装されることになったというニュース。… 続きを読む
e釜石・遠野・上閉伊郡 1 9月 1960 チリ地震津波後初めての防災の日(S35.9.1岩手東海新聞) この年の5月24日、チリ地震津波が襲来。 関東大震災から37年目の「防災の日」は、津波被害を改めて考える年となった。 それで、釜石市などの防災担当者に、津波対策を聞いている。… 続きを読む
i一関・西磐井郡 8 7月 1960 一ノ関駅の改修計画(昭和35年7月8日) 昭和35年7月8日の岩手報知より。 一ノ関駅には改修計画があり、国鉄側から設計図は出ていたが地元側の敷地計画が未完成という状況だった。 ちなみに一ノ関駅の駅舎は、この記事から10年後の昭和45年に完成している。 … 続きを読む