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上閉伊郡某高校とか言われても・・・(昭和25年2月3日) e釜石・遠野・上閉伊郡

上閉伊郡某高校とか言われても・・・(昭和25年2月3日)

昭和25年2月9日の新岩手日報より。 遠野町の商店で、上閉伊郡某高校の全日制と定時制の生徒が盗みを働いたというが、しかし上閉伊郡遠野町の高校というともう限られているのではないだろうか。 まして全日制と定時制の両方あった学校なんて・・・ ちなみに、遠野町が市制するのは昭和29年.  …
県内各地で大雨が降り洪水(昭和25年1月31日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

県内各地で大雨が降り洪水(昭和25年1月31日)

昭和25年2月1日の岩手日報より。 暦の上では、大寒だと言うのに、1月30日から30一日にかけて、徳永の雨が降り、県内の風が増水し、各地の道路が浸水する被害が発生した。 暦の上では、大寒だと言うのに、1月30日から30一日にかけて、徳永の雨が降り、県内の風が増水し、各地の道路が浸水する被害が発生した…
富士銀行盛岡支店「強盗に来る?なら死ぬつもりで来いや」(昭和25年1月14日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

富士銀行盛岡支店「強盗に来る?なら死ぬつもりで来いや」(昭和25年1月14日)

昭和25年1月14日の新岩手日報より。 盛岡市呉服町にある富士銀行盛岡支店に、電話で「今から強盗に行く」と言う脅迫電話があったのだと言う。 これに対し、行員は「なら死ぬつもりで来い」と言ったのだと言う。 この脅迫電話は、一応警察に届けられた。    …
国鉄の首切り計画でサンドイッチマン現る(昭和24年7月9日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

国鉄の首切り計画でサンドイッチマン現る(昭和24年7月9日)

昭和24年7月9日の岩手新報より。 国鉄は人員削減計画を発表し、それは盛岡管理部でも例外ではなかった。 東京では総裁が殺されたか自殺したか、謎の死を遂げている。 そんな中、盛岡工事事務所の組合分会員は、盛岡市内にサンドイッチマンを繰り出し、前年昭和23年にアイオン台風で崩壊した山田線の路盤の写真を大…
東北本線・盛岡~厨川間で通信線切断事件(昭和24年7月17日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

東北本線・盛岡~厨川間で通信線切断事件(昭和24年7月17日)

行政整理による盛岡管理部管内2052名の首切りが発表され、東京の国鉄本社でも下山総裁が謎の死を遂げた。 そのような中、7月17日に日が変わった深夜2時45分ごろ。 盛岡駅にはそろそろ上野行きの上り216レが到着する頃だ。 隣の厨川駅に216レが出たかどうか確認しよう。 この写真は天昌寺のあたりらしい…
国鉄労組盛岡支部「断固職場を死守せよ!」(昭和24年7月2日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

国鉄労組盛岡支部「断固職場を死守せよ!」(昭和24年7月2日)

吉田首相の行政整理の方針に基づき、盛岡管内でも2052人の首切りが発表されることになった。 それで、国鉄労組盛岡支部の本部には「断固職場を死守せよ」と、2日の朝から組合旗が掲げられることになった。 闘争本部では、整理発表の当日の20時30分に本部指令を出し、傘下35分会に闘争指令を発した。 これに対…
国鉄の行政整理基準が決まる(昭和24年7月1日) m県外・参考

国鉄の行政整理基準が決まる(昭和24年7月1日)

昭和24年7月1日の岩手新報より。 政府は、国鉄の人員整理を決めていたが、その基準を下山国鉄総裁と、組合側の代表との会見で話した。 国鉄の業務に対しどの程度協力したかを最大の基準として、各所属長の責任で認定させる 優劣をつけがたいものは、勤続年数によって算出された一定の順位によって優劣を分ける。 &…
国鉄盛岡管理部管内では2052名の人員整理予定(昭和24年7月1日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

国鉄盛岡管理部管内では2052名の人員整理予定(昭和24年7月1日)

昭和24年7月1日、14時から吉田首相は官邸で会見を行った。 「行政整理はあくまで断行する」 つまり、国鉄の人員整理はあくまでも予定通り行うということを断言した。 当時、岩手県内の国鉄路線は仙台鉄道局盛岡管理部によって管轄されていた。 盛鉄管内の定員は業務員7,019名、養成中の者316名、無給職員…
岩手山遭難の盛高生の遺体発見(昭和24年5月3日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

岩手山遭難の盛高生の遺体発見(昭和24年5月3日)

昭和24年5月3日の新岩手日報より。 岩手山に登り遭難死した盛岡高校生の死体が収容された。 当時は、死体画像でも平気で掲載していたようである。 また、盛岡高校は旧制盛岡中学・盛岡高女・盛岡商業の3校が統合して発足したが、程なくして盛岡一高・盛岡二高・盛岡商業に分離している。    …
山田線の不通区間の保線用モーターカーへの便乗は禁止(昭和24年1月18日) d宮古・下閉伊郡

山田線の不通区間の保線用モーターカーへの便乗は禁止(昭和24年1月18日)

昭和24年1月18日の岩手日報より。 この時期、山田線は昭和23年9月16日のアイオン台風で平津戸~蟇目間が不通になっていた。 しかし、職員が復旧作業用に保線用モーターカーを走らせていた所へ、乗客がこっそりそれに便乗させてもらっていたのである。 しかし、そもそも正規の旅客輸送ではなく傷害事故が10件…
東北本線山目駅で貨車が脱線しダイヤ混乱(昭和24年1月17日) i一関・西磐井郡

東北本線山目駅で貨車が脱線しダイヤ混乱(昭和24年1月17日)

昭和24年1月18日の岩手日報より。 1月17日の昼下がり12時半ごろ、東北本線の山目駅で下り貨物列車の27両目が脱線して、それに続く4両も脱線してしまった。 それで東北本線は上下線とも支障をきたし、上り1202列車は2時間遅れ、盛岡19:19発上り急行列車は1時間遅れ、16:31発一関行き普通列車…
暖冬のために高松の池で氷が割れてスケートの中学生が溺死(昭和24年1月17日) a盛岡・岩手郡・紫波郡

暖冬のために高松の池で氷が割れてスケートの中学生が溺死(昭和24年1月17日)

昭和24年1月18日の岩手日報より。 当時、高松の池はスケートのメッカであり、スケートやホッケーの競技会も行われていた。 そして市民のスケート遊びの馬でもあった。 1月17日の朝10時ごろ、スケートで遊んでいた下小路中学校1年生と、その友人の下橋中学校3年生が、池の真ん中の氷の薄くなっていた所が割け…