盛岡市内の時計店「5月6日よりサンマータイムですよ!」(S26.5.5夕刊いわて)
昭和26年5月6日付の「夕刊いわて」に掲載されたこの広告は、戦後の日本が歩んだ一風変わった歴史を今に伝える貴重な資料です。紙面の中央には「5月6日よりサマータイム」という大きな文字が躍り、その下には当時の盛岡を代表する山田時計店、多田時計店、サワグチ、小枝時計店、大橋時計店という五つの商店が連名で広告を出しています。左上には12時を指す目覚まし時計、右上には1時を指す時計のイラストが描かれており、今日から時計の針を1時間進めるのだということを市民に強く印象づける構成になっています。
日本におけるサマータイム制度は、昭和23年にGHQの指導によって導入されました。当時の日本は戦後の混乱期にあり、深刻な電力不足を解消するために、太陽が出ている時間を有効に活用して夜間の電灯使用を抑えることが大きな目的でした。この広告が出された昭和26年は、まさに日本でサマータイムが実施された最後の年にあたります。当初は連合国軍側の文化を取り入れた新しい試みとして始まりましたが、実際には当時の日本人の生活感覚とは食い違う部分が多くありました。
この制度がわずか4年で廃止に追い込まれた背景には、労働環境や国民感情の問題がありました。日が暮れるのが遅くなったことで、農家や工場で働く人々の労働時間が実質的に延びてしまったことや、早起きを強いられることによる睡眠不足への不満が噴出したのです。また、当時の生活水準では夏の暑い夜に1時間早く就寝することは難しく、かえって疲労が蓄積するという声もありました。結局、サンフランシスコ平和条約の発効によって日本の主権が回復した直後、サマータイム法は廃止されることとなりました。
改めて広告の細部を見つめてみると、単に時刻の変更を知らせるだけでなく、当時の商魂も垣間見えます。小枝時計店の「クーポンにて時計が買えます」という文言や、サワグチの「月賦販売実施中」といった文字からは、生活必需品としての時計を普及させようとする熱意が伝わってきます。また、大橋時計店の箇所に記された「セイコー舎シチズン特約」という言葉は、日本の時計産業が復興に向けて歩んでいた証でもあります。
70年以上も前の盛岡の人々が、この新聞を開きながら「今日から時間が変わるのか」と時計の針を回していた光景を想像すると、歴史の断片が鮮やかに蘇ります。かつての岩手の街並みを支えた時計店たちが、手を取り合って新しい時代の制度を告知していたこの一枚の紙面は、戦後日本の慌ただしくも懸命な暮らしを物語る、かけがえのない記録と言えるでしょう。
