江刺市内の食料品店でビスケット祭り(昭和37年1月26日)
1962年1月26日
2026年1月5日
昭和37年1月26日付の岩手民声新聞を開くと、当時の江刺市にあった食品センター「水丹」の活気ある広告が目に飛び込んできます。2月をサービス月間と銘打ったその紙面で、何より目を引くのは「東邦のビスケットまつり」という大きな見出しです。
この東邦製菓は、かつて盛岡市の青山地区でビスケットを製造していた地元岩手のメーカーといわれています。戦後、広い工兵隊跡地を活用して発展した青山の地から、県内各地の食卓へ甘いお菓子を届けていたのでしょう。広告に並ぶ品目を見れば、バター英字、黒花林糖、マリモ、動物ヨーチといった、今でもどこか懐かしさを感じる名前が並んでいます。
驚くべきはそのボリュームです。バター英字や動物ヨーチは1袋に400gも詰まって、わずか50円。バタークラッカーやドーナツでも60円という価格設定です。現在の袋菓子の多くが100gにも満たないことを考えると、ずっしりと重い袋を抱えた当時の子供たちの喜びが伝わってくるようです。
また、ビスケットの傍らで大々的に宣伝されているインスタントコーヒーの特売会も、時代の転換点を象徴しています。ネス、マックスウェルといった海外ブランドや、リプトンの紅茶、そして森永や明治といった国内一流品を揃えたラインナップからは、当時の家庭に洋風の嗜好品が浸透し始めた華やかな空気感が読み取れます。
「おいしい、たのしい」という素朴な言葉とともに地域に親しまれた水丹の広告。盛岡で作られたビスケットが江刺の店頭に並び、人々の手に渡っていく。1枚の古い紙面には、かつての岩手の暮らしを支えた地元の産業と、家族で囲んだおやつの時間の温もりがそのまま封じ込められています。