花巻で最初の朝鮮人の小学生(S4.9.6岩手日報)
1929年9月6日
2025年7月30日
昭和4年9月、花巻小学校に初めて朝鮮人の児童が入学したことが、当日の岩手日報に報じられている。
記事によれば、この児童は花巻町に居住していた家庭の子で、学齢に達したため正式に小学校へ編入された。学務課の指導により、学校側も円滑な受け入れに努めたという。
当時、地方における朝鮮人児童の就学例は非常に稀であり、花巻小学校でもこれが初のケースであった。学校側は、既存の児童との協調を図るべく細やかな配慮を行い、いじめや差別が起こらぬよう注意を払っていたと記されている。
このニュースは、地域社会における異文化との接触の一つの記録として注目される。なお、後年の事例として、昭和32年に東和町で起きた殺人事件の加害者もまた、かつて花巻小学校に通っていた児童であった。彼は昭和16年に満洲から引き揚げてきた帰還者であり、当時の学校では言葉や習慣の違いから周囲となじめず、いじめを受けた経験があったとされる。
こうした事例を重ねて見ると、異なる背景を持つ子どもたちが地域や学校にどう受け入れられていくかは、教育現場や社会全体に問われる課題であったことがうかがえる。