選挙の棄権防止を盛岡市長自らが訴える(S3.2.20岩手日報)

昭和3年2月20日の岩手日報に掲載されたこの記事は、日本初の普通選挙という歴史的転換点における盛岡市の熱狂を鮮烈に伝えています。

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25歳以上のすべての男性に参政権が与えられ、有権者が一気に膨れ上がったこの大選挙において、当時の北田親氏盛岡市長が取った行動は驚くほど積極的なものでした。市長は自ら陣頭に立ち、中村助役らと共に数台の自動車に分乗して盛岡の全市を巡回するという、当時としては極めて異例の棄権防止キャンペーンを展開したのです。

記事には、雪の残る街路を自動車で駆け巡り、一票の重みを徹底して市民に知らしめようとする市長一行の執念とも言える念の入れようが記されています。掲載された写真からは、旗を掲げたクラシックカーの傍らに立つ市長の姿と、新しい時代の幕開けに対する並々ならぬ気概が読み取れます。

納税額に関わらず誰もが政治に参加できるようになった喜びと、それを義務として全うさせようとする行政側の強い意志が混ざり合った、昭和初期の息遣いを感じさせる貴重な記録と言えます。現代の私たちが当たり前に手にしている一票が、当時はこれほどまでに重く、そして熱く迎え入れられたものであることを、この古い紙面は静かに、しかし力強く物語っています。


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