広告:岩手放送テレビ開局(S34.9.1岩手日報)
1959年9月1日
2026年3月14日
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【歴史発掘】昭和34年9月1日、岩手に「テレビの光」が灯った日

当時の熱狂と、長くIBCを率いた太田俊穂氏の足跡を、この紙面から紐解いてみましょう。
「今日から第6チャンネル」― 25,000台への期待
紙面中央に大きく踊る「6チャンネル」の文字。右側の岩手県地図には、盛岡の折爪岳や各中継局から電波が広がる様子が誇らしげに描かれています。
エリア内推定テレビ台数:25,000台
現在では考えられない少なさですが、当時のテレビは超高価な「憧れの魔法の箱」。この2万5千世帯の熱い視線が、ひとつのチャンネルに注がれたのです。
IBCの中興の祖・太田俊穂社長の「開局のご挨拶」
広告の左側、眼鏡をかけた知的な紳士の写真が、当時の代表取締役社長・太田俊穂氏です。
- 太田俊穂(おおた としほ)氏: 昭和34年の開局から、昭和63年1月に逝去するまで、社長・会長としてIBCを牽引。
挨拶文には「岩手の文化向上と産業発展に寄与する」という、公共放送を担う強い決意が綴られています。彼が昭和という激動の時代を通じて守り抜いた「県民に寄り添う姿勢」は、現在のIBCのアイデンティティそのものと言えるでしょう。
時代を彩る「最新鋭」のテクノロジー
紙面下部には、当時の放送を支えたハイテク機器が紹介されています。
| 設備名 | 当時の役割 |
|---|---|
| イメージオルシコンカメラ | スタジオドラマや報道の主役 |
| シネコーダー(ソニー製) | 録音と再生を同期させる最先端機 |
| 16ミリプロジェクター | フィルム映像を電波に乗せる装置 |
東芝、日本電気、ソニー、第一精機産業など、そうそうたる企業が名を連ねる「祝 開局」の文字。まさに日本全体が上を向いていた、高度経済成長期の熱気そのものです。
