水沢青果市場の卸値(S37.1.11胆江日日新聞)
1962年1月11日
2026年1月11日
昭和37年1月11日の胆江日日新聞に掲載された水沢青果市場の市況は、高度経済成長期の入り口に立つ当時の食卓の風景を鮮明に映し出しています。この資料で最も興味深いのは、にんじんやごぼうの取引単位として「貫」という言葉が堂々と使われている点です。公的な取引において尺貫法の使用が法律で禁止されたのは、この3年前の昭和34年1月のことでしたが、長年地域に根付いてきた計量の習慣はすぐには消え去らなかったことが分かります。法律という建前と、現場の利便性という本音が混在していた、当時の過渡期ならではの空気感がこの短い市況表から伝わってきます。
価格に目を向けると、だいこん1本が30円から36円、ほうれん草1束が9円から21円といった数字が並びます。当時の大卒初任給が平均17000円程度だったことを考えると、野菜の値段は現代の感覚よりもやや割高で、冬場の生鮮食品が今よりもずっと貴重なものだった様子が伺えます。また、りんごの品種として紅玉と並んでデリシャスという名が記されているのも時代を感じさせます。今ではあまり見かけなくなった品種ですが、当時はその名の通り贅沢な冬の味覚として親しまれていました。
1枚の古い新聞の切り抜きには、単なる数字の羅列以上の物語が詰まっています。1貫という重みを手に感じながら商売をしていた市場の人々の活気や、限られた食材を工夫して冬の食卓を整えていた家庭の営みが、60余年の時を超えて浮かび上がってきます。地域の歴史を伝えるこうした何気ない記録は、私たちが歩んできた暮らしの変遷を教えてくれる大切な手がかりと言えるでしょう。当時の食卓を囲んでいた人々の会話に思いを馳せながら、こうした資料を読み解いてみるのは非常に感慨深いものです。
