水沢区裁判所で猫を失火罪で訴える珍無類な裁判(S5.3.1岩手日報)
1930年3月1日
2025年8月1日
昭和5年3月1日の『岩手日報』には、裁判所で繰り広げられた少し風変わりな一幕が紹介されている。
水沢区検事局から「失火罪」に問われたのは、江刺郡愛宕村(現在の奥州市)に暮らす当時33歳の女性だった。検察は略式命令として罰金20円を科したが、これに納得できなかった女性は、正式裁判を求めて異議を申し立てた。
そして2月28日、水沢で裁判が開かれた。女性は法廷でこう主張した。
「火を出したのは私ではありません。猫がやったんです。」
この“猫のせい”というユニークな弁明に対し、裁判所は冷静だった。
「猫が失火をなしたとの理由は認められない」
との判断が下され、改めて罰金20円の言い渡しがなされた。女性はスゴスゴと退廷したという。
ところで、この20円という金額。当時の感覚では決して小さな額ではない。
昭和5年頃、日雇い労働者の平均日給は1円前後、教員や巡査といった公務員の月給は30~50円程度が一般的だった。つまり、20円は労働者の10~20日分の賃金に相当する。
現代の価値に置き換えると、おおよそ6万〜10万円ほどと考えられ、農村の家庭にとってはかなりの痛手だったことがうかがえる。だからこそ、この女性も「猫のせいにしてでも」なんとか免れたかったのだろう。
滑稽にも見える裁判劇の背後には、昭和初期の農村社会の暮らしの厳しさ、そして庶民の必死さがにじみ出ている。