盛岡市内各店舗の広告(S26.3.27夕刊いわて)

昭和26年3月27日の夕刊いわてを広げると、そこには当時の盛岡市民の暮らしを支えていた商店たちの活気ある息吹が閉じ込められています。

5つの広告が並ぶ中で特に目を引くのは、現在とは異なる街の風景です。タチバナ靴店には川徳前、京屋には川徳デパート向いという文字が刻まれています。当時の川徳は、昭和55年に現在の菜園へ移転するずっと前で、肴町の入口にデパートを構えて街の象徴として君臨していました。この広告たちは、まさに盛岡で最もモダンで賑やかだった場所の記憶そのものです。

左端の十一屋乳母車店は、今でいうベビーカーの専門店です。乳母車は形こそ進化しましたが、今も昔も赤ちゃんの健やかな成長とお出かけを支える大切な道具として、現在の盛岡の道にも溢れています。幾久屋の毛糸やセーター、タチバナ靴店のハイヒールといった広告からは、戦後の復興の中で新しいファッションを楽しもうとした当時の人々の高揚感が伝わってきます。

時代は流れ、街の重心も大きく変わりました。これらの広告主の中で、2025年末の現在もなお同じ屋号で現存しているのは、一番右端に記された印部クリーニング店だけとなりました。季節の変わり目に冬の衣類の手入れを呼びかけるその実直な商いは、70年以上の時を超えて今の盛岡にも受け継がれています。

1枚の古い新聞広告は、単なる過去の記録ではありません。消えていった景色と、今も変わらず街を守り続ける暖簾、そして形を変えて使い続けられる乳母車。それらが織りなす時間の積み重ねこそが、今の盛岡の魅力を形作っているのだと改めて気づかせてくれます。


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