静岡へのミカンもぎ出稼ぎ第1陣が久慈駅を出発(S32.10.26デーリー東北)
1957年10月26日
2026年1月24日
昭和32年10月26日付のデーリー東北の紙面には、当時の地方の暮らしぶりが色濃く反映された三つの対照的な出来事が記されています。
まず紙面中央で大きく報じられているのは、久慈職安を通じて募集された「ミカンもぎ」の出稼ぎ部隊の出発です。第一陣となる40名は、10月24日の午前11時59分、久慈駅発の列車で静岡県の清水、三島、久能山方面へと旅立ちました。見送りに集まった人々で活気づく駅の様子が写真とともに掲載されています。出発にあたり、九戸郡大野村農業青年会長の浅内茂志さん(23)は、関東地方の一般農家経営を自ら体験したいという意欲とともに、九戸人の働きぶりを立派に示してくると力強い抱負を語っており、当時の若者にとって季節労働が単なる現金収入以上の意味を持っていたことが伺えます。
その一方で、紙面の右端には物騒な事件の記録があります。23日の午前6時40分から一時間ばかりの間に、八戸市小中野町の新井田川岸において、防火訓練のために置いてあった猟銃一丁(当時価格2万円代)が盗難に遭いました。訓練の慌ただしさに乗じた犯行と思われますが、白昼堂々と銃器が持ち去られた事実は、当時の地域の緊張感を物語っています。
こうした日常の喧騒や事件の一方で、秋の余暇を楽しむ話題も添えられています。十和田市釣友会は27日に、奥入瀬川一帯において秋の釣り大会を開催することを告知しています。
出稼ぎという切実な生活の営み、訓練中に発生した猟銃盗難事件、そして自然の中でのレジャー。昭和32年秋の八戸・久慈エリアの多面的な日常が、この一枚の紙面に凝縮されています。