山田線のディーゼルカーは秋から運転予定(昭和34年3月25日)

昭和34年3月26日の読売新聞岩手版より。

宮古から盛岡に出る山田線をSLが牽引する「カラス列車」からディーゼルカーに切りかえてくれと、宮古市長などは国鉄東北支社長に陳情に行っていた。

そして3月25日、昭和28年~昭和33年の間衆議院議員を務めた地元選出の中井英太郎氏(右社)が語る所では、
「ディーゼルカーが実現するのは今年の秋からで、盛岡~釜石の1往復。
盛岡6:10~宮古8:55~釜石11:30、釜石14:30~宮古16:00~盛岡18:30。
定員は84人、盛岡~宮古は3両編成。宮古~釜石は4両編成。
宮古市で国鉄利用債6,300万円を引き受ける」
とのことであった。

この紙面の読売記者による「南部寸言」では、
「山田線にディーゼルカー。利用債六千万円で一往復だけ。国鉄に県民が奉仕しているみたい。」
と辛口でコメントしている。

 

 


showa
  • showa

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です