警察電話も寸断されるような暴風雪(S2.1.9岩手日報)

昭和2年1月8日、岩手県内は冬型の気圧配置の影響で猛烈な暴風雪に見舞われた。各地で家屋の倒壊や倒木、電線の切断が相次ぎ、交通や通信に甚大な影響を及ぼした。

なかでも深刻だったのは、県内の警察電話が全面的に不通となってしまったことである。記事によれば、「復旧までには十日を要す」との見通しが出されており、当局の対応にも混乱が生じていたようだ。

掲載された写真からも、被害の激しさが伝わってくる。

  • 【写真左】盛岡市の岩手公園(旧・不来方城跡)下に位置する武徳殿脇では、暴風によって巨大な松の木が倒れ、周囲の構造物を押し潰している。
  • 【写真右】同じく盛岡市の大沢川原通りでは、家屋の戸が吹き飛び、木材が散乱している様子が写されている。強風のため建物の一部が破壊され、生活空間がむき出しになっている。

また、稗貫郡八幡村(現在の花巻市八幡地区)でも電線が切断され、電話が使えない状態となった。記事中では「八幡村 電線切断」として、強風による通信途絶が報じられている。

加えて、花巻では入営兵の出発と悪天候が重なり、駅や市街地は大変な混雑となった。警察官の姿もあったが、連絡手段が絶たれているなかでの誘導は難航したと見られる。

今回の暴風雪は、通信網の脆弱さや都市部・地方を問わない自然災害の脅威を浮き彫りにした。昭和初期の東北地方における冬の厳しさを物語る記録である。

 

ちなみに、100年天気図によれば、昭和2年1月8日の天気図は以下の通り。
北海道付近を低気圧が通過し、強い冬型の気圧配置になったようだ。

 

 


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