釜石国際劇場で「東映こどもまつり」と思いきや…?(S42.3.29岩手東海新聞)

昭和42年3月29日付の岩手東海新聞に掲載された釜石国際劇場の広告は、当時の地方における映画興行の有り様を雄弁に物語る非常に興味深い資料です。

Screenshot

春休み真っ只中の番組として組まれたのは、松方弘樹主演の黄金の盗賊と怪竜大決戦、さらに黄金バットという豪華な3本立てです。しかし、当時の東映本社の公式な春の興行である東映こどもまつりのラインナップを紐解くと、本来は昭和42年3月19日から少年ジャックと魔法使い、サイボーグ009怪獣戦争、マグマ大使、たぬきさん大当りの4本が封切られていた時期であり、この釜石の演目は全国一斉公開のいわゆる封切りプログラムとは大きく異なっています。

ここには当時の地方映画館が抱えていた事情と、独自の工夫が見て取れます。黄金バットと怪竜大決戦は、本来であれば前年である昭和41年の冬休みに東映こどもまつりの一環として全国公開された作品です。それらが3ヶ月遅れで昭和42年の春休みの釜石に届いているのは、都市部の直営館から順次フィルムが回ってくる当時の配給システムの現れと言えるでしょう。

さらに特筆すべきは、東映の直営館ではない釜石国際劇場という独立した地元の映画館だからこそできた自由な番組編成です。本社のマニュアル通りに最新の少年ジャックと魔法使いなどのアニメ作品を並べるのではなく、釜石の観客に絶大な人気を誇った若き日の松方弘樹の主演作を軸に据え、そこに迫力ある特撮大作を組み合わせることで、地元のニーズに合わせた独自の特選メニューを作り上げています。

さァ出たよ、みんなが待ってた映画だよ、という力強いコピーからは、情報にタイムラグがあった時代だからこそ、都会で評判だった話題作をようやく地元のスクリーンに掛けられるという劇場の誇りと、子供たちを喜ばせようとする興行師の熱意が伝わってきます。今のシネコンのようにどこでも同じ映画が観られる時代とは違う、劇場の支配人が自ら釜石の子供たちのために選りすぐった、手作りの興行の記録がこの1枚の紙面には凝縮されています。


showa
  • showa

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です