九戸郡の寒村から給費生を久慈高校に送って岩大の教育学部に!(S26.2.6岩手新報)

昭和26年2月6日付の岩手新報を広げると、戦後の混乱から立ち上がり、未来を切り拓こうとする人々の力強い息吹が伝わってきます。

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この日の紙面で最も大きな注目を集めたのは、九戸郡が打ち出した無資格教員の一掃という教育改革の断行でした。当時の地方では、正規の免許を持つ教員が圧倒的に不足しており、教育の質の向上が急務となっていました。これに対し、県教委九戸出張所の小笠原教育主事は、郡内15町村からそれぞれ特に優秀な生徒を1名ずつ選抜するという画期的な構想を立ち上げました。選ばれた生徒は村費による支援を受けて久慈高校、さらには岩手大学教育学部へと進み、卒業後は地元に戻って教職に就くことが期待されたのです。教育費の捻出は地方財政にとって決して容易なことではありませんでしたが、教育こそが地域の重大事であるという信念のもと、郡民の理解と協力を仰いでこの養成制度は形作られました。

一方で、当時の県民生活に直結する医薬品の価格改定についても詳しく報じられています。マル公と呼ばれた公定価格の廃止に伴い、医薬品全体では平均して26パーセントもの値上がりとなりました。しかし、その陰で希望の光となったのが、当時多くの人々を苦しめていた結核の特効薬などの値下げです。結核薬であるパスは100グラム3000円から1600円へと大幅に引き下げられ、ペニシリンも1本350円から250円へと安くなりました。教育への果敢な投資と、命を救う薬の普及。この二つのニュースは、苦しい時代にあっても次世代への希望を捨てず、着実に一歩を踏み出そうとしていた当時の岩手の姿を鮮やかに映し出しています。

この記事からは、小笠原教育主事が描いた未来への設計図と、それを支えた地域の熱意を読み取ることができます。それは現代の私たちが地域の教育や医療を考える上でも、忘れてはならない原点のような物語と言えるかもしれません。


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