諒闇や改元どころではない紫波郡の干害に、在京の県出身学生が木炭廉売(昭和元年12月29日)
1926年12月29日
2021年12月23日
昭和元年12月29日の東京朝日新聞より。
紫波郡と東西磐井郡では1万町歩にわたる干害が発生し、28か村5万人が作物全滅という惨状であったという。
それでヒエや麦で食いつないでいたところ、昭和に元号が代わる頃にはそれすら無くなりつつある状況となっていたという。
そこで、在京の県出身学生は、県の名産物である木炭を安く販売し、収益を全て県に送ることにしたのだという。