岩手からブラジルに移民「ドシドシ移民お待ちしてま~す」

昭和30年5月18日の岩手日報より。
盛岡からブラジルに移民した養蚕農家の話を伝えている。

昭和29年7月に戦後初の養蚕移民としてサンパウロ州バストスに移民したのだという。

そして9月11日にバストスに到着し、元気に働き始めたのだという。

このバストス、「日本人は9割、外人は1割」なのだそうで、岩手県出身者も23家族いたのだという。
また、新聞も日本字のものがあり、言葉には苦労していないという。

農作物はトウモロコシ、落花生、オレンジ、パパイヤ、パイナップル、バナナなどが収穫できたのだという。

草地でもトラクターを通せばすぐ耕地にできるのだそうで、狭い日本を思うにつけもったいないと思っているという。

手紙の最後は「日本人たちがどんどん移民するのを待っています」と結んでいる。

 

そのバストス市は、「日本人が9割」という割には現在のWikipediaでは日本語版はない。

いわく、

The name originated from Henrique Bastos, who owned a farm in the area. And it was these same lands that the foundation of the city occurred on June 18, 1928, by Senjiro Hatanaka, sent by the Japanese government to look for land to receive the waves of Japanese immigrants.
(市名の由来はこの地の農場主であったエンリケ・バストスから来ている。そしてそれと同じ土地は、日本政府から移民の波を受けるために送られた畑中千次郎によって自治体が設立された)

・・・のだそうな。

そして、2000年現在の人種構成は以下の通りとなっている模様。

  • 白人:57.4%
  • 黒人:2.0%
  • Pardo(混血):28.6%
  • アジア系:11.4%
  • 先住民族:0.1%

 

 

 


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