八戸スケート国体・県民スキー大会・コルチナダンペッツォ冬季五輪開幕(S31.1.27岩手日報)
昭和31年1月27日付の岩手日報の紙面を眺めると、現代の価値観とは異なる独自の熱量がそこにあることに気づかされます。もし現代であれば、世界的な祭典であるコルチナ・ダンペッツォ冬季五輪の結果が紙面の一等地を独占し、国体や県内の大会はスポーツ欄の片隅に追いやられるのが通例でしょう。しかし、この日の紙面で最も力強い存在感を放っているのは、お隣の青森県八戸市で開催されたスケート国体と、地元岩手の花巻温泉で幕を開けた県民スキー大会のニュースです。
紙面の右上、最も太く勢いのある文字で躍っているのは、高松宮殿下をお迎えして行われた国体開会式の様子を伝える見出しです。そこには県旗をなびかせて堂々と行進する岩手県選手団の誇らしげな姿が活写されており、地域を代表して戦う若者たちへの惜しみない拍手が紙面越しに聞こえてくるかのようです。それと肩を並べるように、花巻温泉の雪原に300人の精鋭が集い、当時のスポーツ賛歌である若い力を合唱して気勢を上げた県民スキー大会の記事が、情緒豊かな筆致で綴られています。
これら国内や地元のニュースに比べると、イタリアでの五輪開幕を告げる記事は、紙面の中ほどで一歩控えたような配置になっています。白いオリンピック開幕という、今ではどこか幻想的に響く言葉選びからも、当時の人々にとって五輪がまだ遠い異国の、どこか浮世離れした憧れの対象であったことが伺えます。情報伝達の速度が限られていた時代において、地球の裏側の出来事よりも、自分たちの知人や郷土の代表が文字通り目の前の雪の上で火花を散らす姿こそが、何よりも優先されるべき大ニュースだったのでしょう。
世界、日本、そして岩手という3つの階層のスポーツイベントが、それぞれの重要性を保ちながら一つの紙面に共存している様は、現代のような情報の一極集中とは無縁の、極めて健康的で純粋なスポーツへの情熱を感じさせます。どの大会も等しく氷と雪のスポーツ祭典として祝福されており、そこには戦後復興の中で自分たちの足元にある冬の厳しさを喜びに変えようとする、当時の岩手県民の力強い生命力が凝縮されています。
この紙面から読み取れるのは、情報の格差ではなく、郷土の誇りを中心に据えた当時の確固たる価値観です。世界への憧れを抱きつつも、まずは隣人と肩を組み、地元の雪にまみれて汗を流す。そんな素朴で熱い時代の空気感が、色あせた新聞の文字から鮮やかによみがえってきます。
