盛岡日活で「陽のあたる坂道」公開(S33.4.16岩手日報)
昭和33年4月16日付の岩手日報を開くと、当時の銀幕の熱気がそのまま伝わってくるような壮観な紙面が目に飛び込んできます。この日の広告の主役は、日活映画の黄金時代を象徴する超大作「陽のあたる坂道」の封切を知らせる大きな案内です。

画面中央で強い眼差しを向ける石原裕次郎さんと、その横で微笑む北原三枝さんの姿は、当時の映画ファンにとって何よりも輝かしい憧れの象徴だったに違いありません。広告には「前後篇一挙上映」「堂々3時間の超大作」という力強い文字が躍っており、一本の映画を観ることがどれほど特別なイベントであったかを物語っています。さらに共演者として芦川いづみさん、川地民夫さん、小高雄二さんといった日活を代表するスターたちの顔写真も並び、石坂洋次郎の描く新しい時代の青春群像劇への期待感を否応なしに高めてくれます。
紙面の下部に目を移すと、当時の岩手県内における映画興行の賑わいが克明に刻まれています。盛岡日活をはじめ、花巻、一関、水沢といった県内主要都市の日活系封切館がずらりと名を連ねており、それぞれの街に映画館という娯楽の殿堂がしっかりと根付いていた時代背景が伺えます。同時上映として「コロムビア・ローズのヒットソング待望の映画化」と銘打たれた「どうせ拾った恋だもの」の名前も確認でき、歌謡曲と映画が手を取り合って大衆文化を牽引していた当時の幸福な関係性が伝わってきます。
昭和33年といえば、東京タワーが完成し、日本が高度経済成長の坂道を力強く登り始めた時期です。そんな時代の空気の中で、岩手の人々が映画館の暗闇の中で見つめた「陽のあたる坂道」は、きっと明日への希望を照らす光そのものだったのでしょう。この一枚の古い新聞広告は、単なる宣伝媒体という枠を超えて、当時の岩手の街並みや人々の熱狂を今に伝える貴重なタイムカプセルのようです。
