久慈港も予算獲得合戦に参入(昭和31年1月19日)

昭和31年1月21日のデイリー東北より。

太平洋の荒波に面する久慈港は、漁船の難破事故が多かった。

そこで、堀込式の港にすることで、この状況を解消しようと言う計画があった。しかし、予算がないことにはどうにもならない。

同じような港湾整備の要求は、全国から43の港から上がっていた。

しかし、そのような要求は第一次査定で、全てご破算にされ、第二次の復活要求で20の港に限定して復活した。

その20の港の中に、久慈港が入っているのかどうかは即答しない状態であった。

そのようなことを、1月19日に東京での陳情から久慈に戻ってきた久慈市長が語ったのである。

この後、久慈市商工会や久慈港修築期成同盟も陳情に上京する予定であった。


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