「岩手のアプレゲール事件」釜石の心中偽装事件(昭和27年9月4日)

「アプレゲール」とは、戦後の退廃的な若者を指して言った「最近の若い者は・・・」という文脈で使われる言葉だ。

Wikipedia日本語版のこの項目で「アプレゲール犯罪」として挙げられているのは以下の事件となる。

岩手でも「アプレゲール犯罪」と呼ばれる事件はあった。

昭和27年9月4日の真夜中、釜石警察署の中妻派出所に若い男が飛び込んできた。

「かかあと毒を飲んで、かかあは死んでしまった!」
その「かかあ」とは、その29歳の男の妻で、やはり29歳であった。
盛岡から来ていた夫婦者であった。

夫は釜石出身であり、よく釜石にも来ていたのだという。
妻の方は病弱で、胸部疾患で花巻病院に入院しており将来を悲観していたのだという。

9月3日から釜石市内の旅館に泊まっていたところ、行方不明になっていたのだ。

何をやっていたかというと、釜石市内の八雲山でアドルム30錠、カルモチン100錠ずつ飲んだのだという。

ところが翌4日の16時、製鉄所のサイレンで目が覚めた。

それで妻を背負って山を下りてきたが、妻は死んだという。
それで自分だけ山を下りてきたと言い、妻の死体はどこにあるかわからないという。

聞くだに不思議な事件だった。

また、夫の方は妻の貯金を遊興に使うなどかなりヤバい男だったようだ。

しかし、金を使い果たしてしょんぼり病室に来ると衣服を売り払ってまた金を与える。
女の方も共依存というか「だめンズ」に引っかかる素質があったのだろう。

そういう夫婦なので「心中」とは言ってもどうも怪しい。
金を使い果たして妻が要らなくなったので殺したのではないか?

調べてみると、花巻病院で妻に青酸カリを飲ませようとした事実もあるらしい。
それと、花巻から釜石に来る途中で遠野の初見山で死のうとしたらしい。

なにより、「4日16時に製鉄所のサイレンで起きた」というが、実際はその日は停電でサイレンは鳴らなかったのだという。
釜石出身なら16時にサイレンが鳴る、と肌感覚で知っていたのだろうが、かえってそれが仇になってしまった。

しかしまだ殺したと決まったわけではない。

その状態でありながら、男の病床まで一問一答の取材に行ったり、何より実名や住所が出ているのだ。

取材は警察や裁判所まで及んでおり、「どうも分からない男だ」と言わしめている。
そして「彼は典型的なアプレゲールでドンキホーテだ」と断じている。

・・・と、このように「容疑者」かどうかも怪しい段階から取材合戦を繰り広げるものだから、男の実母の洋食店は客足が途絶えてしまい、雇い女(ウエイトレス)も逃げ出すという始末だったという。

そしてまた、新聞記者はその母にも容赦なく取材に行く。

いわく「あの子は私が盛岡にいた頃、元の旦那との間に生まれた子。私は離縁となって釜石に来た。その後あの子は継母に育てられたが9歳の時に実父が死に、その後継母も死に孤児になった。盛岡商業か工業では一番の成績だったという。実父は酒もたばこもやらない真面目な男だったのになぜこんな不良が生まれたのか・・・」と突き放すように嘆いていた。

しかし母性愛から留置場にキャラメルを差し入れたことまで新聞に書かれていた。

 

 


showa
  • showa

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です