民衆駅になって初めての年末年始を迎えた盛岡駅(昭和35年1月5日)

昭和35年1月5日の岩手日報より。

盛岡駅は前年11月19日に「民衆駅」として駅舎が新しくなり、新しい時代を迎えることになった。

その初めての年末年始の輸送は非常に好調なものとなった。

新生活運動による「正月一本化」で、農山村でも新正月で正月行事を行うところが多くなり、年末年始の輸送は増加傾向にあったという。

東北本線も旅客は24%の増加で、寝台専用急行となった「北斗」と上りの「北上」が少なくなった他は、特急「はつかり」、急行「十和田」「みちのく」はいずれも上回り、臨時急行「陸奥」も上下で1日平均2500人の利用があり、長距離列車の混雑を緩和したという。

また、駅別では釜石駅が収入33%増と飛躍し、盛岡駅も25%増となった。

ところで1月4~5日は雨模様となり、5日朝の最低気温は氷点下0.1℃で平年よりも6.1℃高く、盛岡市内の道は泥んことなった。

盛岡駅前も写真の通りのぬかるみとなったのであった。
(というかまだ舗装していなかったらしい)

 

 

 

 

 

 

 


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